ラストサムライ

17日の深夜、帰寂された内田次男さん。今年94歳。

長崎生まれで広島に出て、その後太平洋戦争を経験。戦争では航空隊に所属しなんと特攻隊で空母に突入した経験のある方。

乗っていたのは戦闘機の飛燕だったそうです。

突撃の途中、撃ち落され海に漂流。奇跡的に助かったのだそうです。

そういう時代かと思いますが、日本軍に救助されましたが、特攻にいって生きていたということで罪に問われ投獄されたのだそうです。

戦争のことはあまり語りたくないとおっしゃっていましたが、とにかく戦争はしたらあかんと口癖のようにおっしゃっていました。

今回、亡くなって家族にお話を伺うと、太平洋戦争終結後、朝鮮戦争がはじまった頃、GHQから空軍の指揮をとるよう要請がきたそうです。でも、米軍との戦闘で多くの同胞が命を失ったととなどから米軍の指揮下で従軍することを拒否したのだそうです。

命令だったのでしょう。拒否と引き換えに、これまでの戦歴は削除され、軍人恩給の資格もはく奪され、現在にまで至っているのだそうです。

戦後、長崎妙薫寺さまでご信心され、次長のご奉公や佐賀和薫寺さまでも財務などのご奉公を積み重ねてこられました。絶対に人に弱いところをみせない。90歳を過ぎても毎朝木刀を振って、朝参詣をされていた内田さん。

最後の日もお子さん、お孫さん、ひ孫にあって話せないながらにいろいろと意思疎通をしておられたそうです。

そして皆が返って30分後に帰寂の知らせ。

内田さんらしい、最後の迎え方。

本物のラストサムライ、佛立信者のお姿でした。

本当にありがとうございました。

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