お見送りのご奉公

昨日、今日と訃報が続いています。
昨日は修学塾で本山で連絡をいただきました。授業の内容は如説修行抄。

ご回向やお通夜などで何度も何度も拝見する如説修行抄第六段、覚悟のご信心を貫く弟子信者の姿とその果報、お約束が綴られています。

お見送りをするお二人のご信者方。いずれも80才代の方々ですが、昔からお世話になっていたお二人です。

シゲ子さんの帰寂は快方に向かっていると伺っていたので驚きました。
「日蓮並びに弟子旦那共に霜露の命の日影を待つばかりぞかし」いつ何時、何があっても不思議ではない身の上だとつくづく教えていただきました。

幸子さんは89才、行年90才。ご家族一族のみんなに見守られて最後の一ヶ月を過ごされました。最後のお姿は若々しくて、白く澄んでいて、手にも温かさを感じ、神々しいものがありました。

お化粧もお孫さんにしてもらって穏やかなお顔。息子さん、娘さんはもう一度、声が聞きたかったとおっしゃっていました。もっとこうしてあげたかった、こんなことしてあげらたらよかったのにと募る想いはつきません。

幸子さんのお話を辻本さんからいろいろと伺いました。若い頃から苦労の中でご信心を全うされてきたお話に本当に感動しました。そのご信心功徳は火にも焼けず、水にも流されない。

そして、修行抄六段「釈迦多宝十方の諸仏霊山会上にして御契約なれば須臾の程に飛び来たって手を取(とり)、肩に引っ懸(かけ)て霊山へ走り給はば二聖二天十羅刹女は受持の者を擁護し諸天善神は蓋(がい)を指し幡(はた)をあげて我等を守護してたしかに寂光の宝刹へ送り給ふべき也」と、ご妙判にかなったお姿だと感じました。

お釈迦さまや諸天善神がお迎えになってお送りいただくとお約束くださっている。その姿は、「あらうれしや、うれしや」と。悲しく寂しいですが、そのお姿にまたまた教えていただいています。

本当にありがとうございました。ありがとうございました。

これからお通夜のご奉公をさせていただきます。

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