藤居かず子さんの御講席

今日は、朝参詣後に今年一年のご奉公の御礼といたらなかったご奉公のお懺悔の口唱会があり、御講席2席のご奉公でした。

特に2席目は、先日から意識回復をしている藤居かず子さんのお席でした。事故にあう前から年末の御講の準備をされ楽しみにされていたそうです。事故前に御講の準備、御供養の手配をすべてされ、御講の前に家族でいった旅行先の出来事がありがたくて、「またご宝前にお守りいただいた」と会う人、会う人にお話をされていました。

そんな方の事故です。仏教では偶然はなく、すべて必然。すべてに原因と結果があり人のせいにはできないと教えていただきます。

だとするとこの出来事にどんな意味があるのか。もちろん、自分自身の業や罪障もあるでしょう。ですが、コツコツとご信心をされ、お題目の尊さ、ありがたさを伝え80歳を超えた今でも友人を御教化されるようなご信者さんの事故は、それ以上にお寺や教務、ご信者へのメッセージがあるのではないか。

そこにはいま妙福寺が抱える問題や課題、改良に対しての御折伏があるのだと感じずにはいられませんでした。藤居さんや御家族には申し訳ありませんが、お体をお借りして教えていただいているのだと思い、いつも、申し訳ない、戻ってきてねと思って御看経をしていました。

事故にあわれ、かず子さん願主で勤める予定だった御講席。息子さん夫婦から「御講席はそのままお勤めさせていただきます」、と聞いた時は、藤居さんのご信心前、息子さん夫婦の決定心に頭が下がる思いで、また気合が入りました。

御供養の時に、お嫁さんに改めて事故当時のことを伺うと「あと1時間病院への到着が遅かったら命はなかった」と聞き、背筋が凍りました。続いて、経過を伺うと本当に薄皮を剥ぐようにではありますが、少しずつ状態が前進していると、時折涙を浮かべながら、明るくお話くださいました。

お医者様も80歳を超えた高齢であることから目が開くことはないだろうといわれていたそうですが、目を開くことができ、枕元に設置されていた大型の呼吸器が小型になり、今では補助的な役割で済むくらいまで呼吸もできるようになり、手足にも動きがでてきているのだそうです。

さらに、語りかけると目を開けたり、首を振るようなしぐさをされるそうで声は聞こえているようですが、どこまで聞こえていて、理解をされているかはわからず、意識回復というにはまだ時間がかかるとおっしゃっていました。

それでも、ここまでこれたことが信じられないと、何度も何度もご信者方に御助行のお礼をおっしゃってくださり、涙の、感動の御講席でした。この御講席の功徳がどうかかず子さんに届きますように!

お話の中で、「親戚にいうよりも、まずはお寺に連絡しないとと思って。とにかくお寺と思って。」との言葉がありました。この状況で失礼かと思いましたが「駄目だ」、「どうしようもない」という時に頼りにしていただける、そんなお寺であれたんだなと。

教化子の方も御参詣され、今度は自分のお友達を御講にお連れしたいとおっしゃってくださっていました。
ありがたい、心に残る御講席でした。

いろいろとお話を聞いたりしていて、息子さんやお嫁さんの話しているのを写真で収めることができませんでしたぁ。

ということで、ご宝前の上に掲げてあった扁額を撮影。先住日操上人の御筆の「玄妙」。ありがたいです。

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